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暇を持て余した色魔による夜の遊興

 一気に杯を呷り酒を飲み干し、大きな音を立てて卓へ叩き付けると同時に重苦しい溜息。郭嘉は思わず苦笑する。腐りたくなるのは理解できるし自分としても同じ気持ちだが、その憂さ晴らしのために飲んでいるのだ。郭嘉は少し身じろぎをして居住まいを正すと、卓へ肘をついて小さく首を傾げた。
「ね、孫市殿。せっかくこんなにお酒があるのだし……そろそろ昨日のことは忘れて、楽しく呑もうよ」
「郭嘉お前変わってんなあ、野郎二人で話しして呑んでって、何が楽しいんだよ」
 逃がした魚はでかい、孫市は悲しそうにぼやいた。確かにあれだけ美しい仙女たちを前にして誰一人落とせなかったのは郭嘉としても痛いところではある。だがいつまでもそれを嘆いたところで目の前に誰かが現れてくれるわけでもなし、今を孫市と楽しむことに決めた郭嘉としてはこう鬱屈とされていては堪らないのだった。
 郭嘉ら魏の軍師たちに宛がわれた部屋から皆を追い出してしまって、せっかくの二人きりである。賈クなどはこの世界でしかありえない酒席に興味ありげではあったが、郭嘉が二人きりがいいんだと含みのある笑顔みせると全てを悟った様子で出て行ってくれた。ほどほどにしときなよとの忠告は受けたが、膳立ては整ったのだから二人で楽しく盛り上がりたいところである。まずは相手の気を紛らわそうと先程から懸命に話題を探しているのだが、孫市はかぐやは行けそうだったのによと悔しそうにくだを巻くばかりだ。
「癒しだっつってんのに、ぼっこぼこにされてんだぜ? 北条のじじいまで出てきやがるし」
「まあ、確かに甲斐殿とかぐや殿だけならば、何とかなったかもしれなかったものね。ちょうど二対二だし」
 だよなあと苛立ち混じりに同意して再び卓に叩き付けた杯に酒がないのにようやく気付いたのか、孫市は盛大に舌を打った。手酌しようとするのを制して酒を注いでやれば、何が悲しくて男の酌なんざと呻く。
「あーあ、気分悪いぜ……なあ郭嘉、お前も涼しい顔してるが男なんだ。溜まるもんは溜まるだろ」
「そうだね、うん、そうかも」
 杯に口付けながら郭嘉は曖昧に頷いた。歯切れが悪いなと険のある目つきを向けられる。それににこりと笑顔を返せば、孫市は面食らったようだった。
「やっぱ普通になしだろ、その顔……」
「褒められているのかな、ありがとう。でも私は、こういう話題に乗るの、得意ではないのだよね」
 郭嘉が男だけの寂しい酒席にはよくあるこの手の話を嫌がる理由はふたつある。
 ひとつは先程から孫市も嘆く通り、同僚の堅苦しい文官に色狂いとまで言われる自分に浮いた話がないことが情けなく恥ずかしいからだ。この世界に来てからまともに女性に手を出せていないが、それを肯定してしまうのは、自他共に認める色男としては辛いのである。討伐軍として集った女性たちに手を出すのは難しいのだ、父親が厳しすぎる視線を向けてくる姫君も多いし、何より君主たちの眼が光っている。曹操ならば全く郭嘉はと笑って許してくれる悪戯であっても他が黙っていない。何か問題を起こせば、すぐに糾弾されることになるのは考えるまでもなかった。だから特別に相手のいない郭嘉や孫市のような男は、普通、一人寂しく何かと処理をするはめになるのである。
 郭嘉がこの話題に素直に同意できないもうひとつの理由とは、独り身でありながらまったく一人だけで処理をしていると言い切れないから、だった。
 酒に酔っていても郭嘉の表情が難しいものになったことに気付いたらしい、孫市は居心地悪そうに再び空になった杯を掴んだ。その右手に、そっと指を這わせる。面白いくらいに孫市の体が跳ねた。明らかに鋭い警戒心を剥き出しにされても怯まず、ひとつ緩やかに微笑む。変なことはしないよとの言葉に、胡乱気な視線が返ってきた。
「お前なあ……変なことって何だよ」
「私ね、ちょっと悪い癖のようなものがあって」
 力の抜けてしまった右手をそっと取って指を絡める。嫌そうに顔を歪めるあたり、本当に女性だけが大好きなのだろう。軍に属する兵士たちになるとそれこそ溜まっているのかこうして触れて微笑むだけでまんざらでもなさそうな顔をする相手が多いのだが、孫市は一応そうでもないらしい。
「がまんをしすぎると、だめなんだ」
 郭嘉は思い切り孫市の手を引き寄せた。酒瓶を撒き散らして卓に倒れ込んだ男の驚いた顔に笑顔で応じる。そのまま力一杯突き飛ばして、一回り大きな身体を床に転ばせた。これでも前線に立ち武器を振るうこともあるのだから、不意さえ突ければこれくらいは可能だ。慌てて起き上がろうとするところに馬乗りになってしまえば、ほとんど抵抗はできなくなる。
「誰でもよくなってしまうというか、手当たり次第というか」
「か、郭嘉」
 情けない声を上げる男を見下ろして、郭嘉は華やかな笑顔を浮かべた。愛しい女性はもちろん、数多の男すらも落としてきた、百戦錬磨の笑みである。
「私がしてあげる」
 いよいよもって孫市が青ざめた。本気で抵抗されては堪らない、不意打ちならこうして倒せても相手は逞しい傭兵なのである。郭嘉は手早く孫市の下衣を寛げると萎えきった性器を取り出した。急所を握ってしまえばこちらのものだ、その大きさを確かめるように一度扱けば、孫市は両手で顔を覆って叫んだ。
「うわああ! やめろ、まじでやめろ」
「往生際が悪いね、孫市殿。私が抜いてあげるのだから、喜んで欲しいくらいなのだけれど」
 他の人は喜ぶんだよと言っても孫市はぶんぶんと首を振るだけだ。嫌がっているらしいが、数回扱いた陰茎は既に充血し形を変え始めていた。直接的な刺激への反応だとはいえ完全に嫌悪されているわけではないらしい、勃起までしていてはもう誤魔化せないだろう。亀頭のくびれをくすぐるように撫でて、溢れてきた先走りにちゅと吸い付けば、孫市の身体がびくりと跳ねた。恐る恐るといった様子でこちらを見下ろしてくる。
「おま、本気で」
「じゃなかったら、こんなもの握らないよ」
 これ見よがしに性器へ頬を摺り寄せ、裏筋をなぞるようにして指を這わせてやる。喉が大きく上下したのを見逃さなかった。溜まっていると言っていたのだ、目の前にある快楽と一線を越えることへのためらいの間で揺れているのだろう。もうひと押しだ、思って先端を親指で擦り上げた。どぷりと溢れた透明な体液に郭嘉は思わず唾を呑み込む。それを全体に塗り広げるようにして扱いてやれば性器はすっかり熱り勃ってしまった。だらだらと先走りを零しながら震えるそれは、余程溜め込んでいたのか限界のようだ。手を離してその様子をただ見つめていると、刺激がなくなったのに不信感を抱いたらしい、おずおずと見下ろしてくる孫市と目が合った。
「どうしたの、孫市殿。嫌そうだったから、止めてあげたんだよ」
 畜生だの鬼畜だの、悪口ばかりが聞こえてくる。それに郭嘉はひどいと嘆き、悲しげに眉を寄せ手を口元へ添えた。いかにも哀れで儚い姿に孫市はしかし、舌を打って悪態を吐く。こういうのも好みでないとは、本当に孫市はこちらの気がないらしい。だがもうこうなっては関係のないことだ。どれ程嫌がっても、勃起したことは事実である。つまり心底から憎悪されているわけではない。それにこの体格差だ、孫市が本気を出せば郭嘉など突き飛ばせるに違いなかった。同性同士の行為への好奇心が頭をもたげているくせに、素直ではない男だ。からかうようにふうと性器へ吐息を吹き掛けると苦しそうな呻きが聞こえる。腰が揺れてねだってしまいそうになるのを歯を食い縛って耐えているらしい、それを見下ろしながら郭嘉はくすくすと柔らかく笑んだ。
「孫市殿、もういきそうなの。ちょっと早すぎるね。そんなことでは、女性を満足させられない……かな」
 怒る眸がこちらを睨みつける。その視線の鋭さに背筋がぞくぞくと震えた。こういうことを馬鹿にされるのは色男として耐えがたい屈辱だろう。だが事実孫市は限界であったし、それはまだ早いと言わざるを得なかった。あと一撫ででもすれば、早すぎる射精を迎えるだろう。孫市自身もよく分かっているらしい、怒りに震えながらも諦めたように首を振り、頼むとか細い声で訴えてくる。勝ち誇った笑い声が漏れそうになるのを抑え、もういきたいのと重ねて問えば悔しそうに頷く。
「そう。もう出てしまいそうなのかな」
「くそっ。た、頼むから、郭嘉」
 顔が赤いのは、羞恥と屈辱のせいだ。怒りに涙さえ滲みそうな情けない男の顔を見下した。郭嘉はうっとりと恍惚の笑みを浮かべ、吐き捨てる。
「この、早漏」
 根元から亀頭まで思い切り扱き上げると、勢いよく白濁が飛び散った。右手はべっとりと汚され、頬にまで飛んだらしい、濡れた感触が眸のすぐ下にあった。郭嘉は陶然として手のひらを見つめる。指に絡まった精液を捏ねるように動かせば、ついと糸が引いた。久しぶりに触れたそれに夢中になって遊んでいると、孫市がすんと鼻を啜る。
「ううっ。何が悲しくて男にイかされてんだ俺は……」
「でも気持ちがよかったんだね、孫市殿。見て、こんなにたくさん」
「んなもん見せんなって!」
 厳しく叱られて郭嘉は肩を竦めた。気が済んだら舐め取るつもりだったのだが、これ以上怒らすのは流石にまずいだろう。この後の行為が円滑に行くかどうかに関わってくる。懐紙で手を拭いそれがあらかたきれいになると、郭嘉はいそいそと衣服を脱ぎ始めた。この際下だけでも十分だ、孫市が自己嫌悪に陥っている内に脱いでしまいたかった。しかし衣擦れの音でそれに気が付いたらしい、乱れた息を整えようとしていた耳聡い男は慌てて上半身を起こした。
「待て待て待て、郭嘉、お前何してやがる」
「何って、孫市殿。意地が悪いね、ひとりだけ満足するつもりなのかな」
「人のこと襲っといて何つう言い草だよお前は!」
 ほとんど悲鳴のようなその言葉に笑いながらも衣服を脱ぎ、上半身はしっかりと着込んだまま、下は下衣だけが残った状態になってしまうと、孫市はひいと引きつった悲鳴をあげた。
「郭嘉、待て! お前……お前さ、タチだかネコだか? 一体どっちなんだ……」
 呻くようにしてそう問うた。そんなことを尋ねるはめになる日が来るとは思ってもみなかったのだろう。だがそう聞く気になるとは、どうやらほとんど観念してくれたらしい。郭嘉は安心させるように心配しないでと優しく言い、微笑んでみせる。
「私、いれられる方が好きなんだ。でもどうしてもと言うなら……孫市殿の頼みだ。抱いてあげる」
 とびきり色っぽい声音で耳朶にそう囁き掛ければ、孫市はぶんぶんと耳の辺りを手で払った。
「たたた、頼んでねえ! やめろって!」
「でも、孫市殿が本気を出したら、私なんて突き飛ばしてしまえるのではないかな」
 図星らしい、孫市はびくりと震えたきり動きを止めた。今まで女性にしか手を出してこなかったようだが、快楽主義者らしいことは少し共に過ごしただけの郭嘉にも分かる。孫市は自分と全く同じタイプの人間だ、まだこちら側に手を染めていないだけの。だからこその言葉だった。郭嘉は孫市のひげを両手でそっと撫でながら、額に口付けを落とす。これが最後だ。逃げなければ、許されたと思ってもいいだろう。
「男同士なんて気にすることないよ、孫市殿。たくさん気持ちよくしてあげる。いかせてあげるよ」
 喘ぐように口が動くが、突き飛ばされてしまうことはなかった。嫌だとも何とも言わないのだから肯定だ。
 郭嘉はひとつきれいに笑むと、自分の指を咥え唾液をまぶした。こういうことをするのはまったくもって初めてなどではないが、最後にしたのはもう随分前になる。いつも通り上手く受け入れられる自信がなかったし、相手も男色は初めてだ。普段よりもたっぷりと後孔を湿らせてから、確かめるようにゆっくりと中指を挿入する。
「ん、ふ」
 久しぶりの感覚に、つい鼻から声が漏れた。性交渉は好きだし気持ちがいいが、やはりこの異物が押し入る感覚には慣れない。孫市の身体を押さえ付けるように馬乗りになったままであるのもやりにくかった。それでも軽く腰を揺すって指を曲げ、何とか狭い中を広げていく。奥まで届かないもどかしさに震えそうになるのに必死で耐えながら、尻を解すことだけに集中する。
「……なあ、それって、本当に気持ちいいのかよ」
 ふと孫市が言った。その鳶色の眸の中に明らかな興味を見て、郭嘉はつい笑ってしまう。
「んっ……ふふ。孫市殿もやってみたいのかな」
「ぜってえ嫌だ!」
 ひどい言い方とからかいながら、二本目の指を挿入する。先程より楽に入ったのを感じた。これならば何とかなるだろう。ぐるりと中を抉るようにして確かめてから指を抜き取る。自身の指でさえ離したくないと言わんばかりに吸い付く浅ましさに苦笑して、郭嘉は孫市の性器に手を添えた。萎えたままであったそれも、数回扱くとすっかり力を取り戻す。そうして腹に触れんばかりに勃ち上がった男根に喉が鳴ってしまう、それを誤魔化そうと、郭嘉はゆっくりとあやすように性器を扱きながら軽く笑った。
「その口はとてもすなおじゃないね、孫市殿。ここはこんなに、はいりたがっているのに」
「もう俺は知らねえよ。勝手にしてくれ」
「そう? じゃあこのまま放って帰ろうかな」
 耐えられるのかよと言う男の声にも興奮が見え隠れしている。ここまで来て、お互い途中で止められるはずがなかった。
 勃起した性器を手で支え、後孔へと宛がう。それを飲み込もうとしてひくつくはしたない孔に頬を染めながら、郭嘉は腰を落とした。先端がぐうと中を押し広げる。呼吸を努めて深いものにしてゆっくりと繰り返しながら、一番太い所を受け入れていく。
「は、あぁ……っん!」
 身体中が震えた。脊髄から全身へ、神経を伝ってびりびりと痺れが走る。狂って悲鳴をあげたくなるような歓喜に、郭嘉はぎゅうと自身の上衣を握りしめた。藍色の柔らかな布が皺だらけになるのも構わず、頼りないそこに必死で縋りつく。亀頭を何とか収めると、孫市の股座へ腰を下ろすようにして根元まで陰茎を咥え込んだ。
「はあっ、は……はいっ、た」
 久しぶりに感じる他人の熱に、腹の奥がきゅうと締め付けられるような切なさが込み上げる。ゆるりと笑みを浮かべながら、郭嘉は頤を上げ天を仰いだ。内臓を押し上げ中を侵す陰茎に媚びるように内壁が吸い付いてしまう。はしたない身体だ。亀頭のはっきりとした段差やその太さが意識されて、閉じられない口からつうと唾液が伝い落ちる。
 軽く腰を揺らすと雁が前立腺に引っかかり、目の裏に火花が散った。頭に真っ白な霞が掛かり、まともな思考ができなくなる。そこを擦り上げるように揺れる腰が止められず、だらしのない喘ぎを抑えることもできない。
「はあぁ、あっ、いいっ、カリすごいぃ……」
「おま、そ、そういうこと言うのやめろって!」
「ふふ……こういうのは、きらい、かな」
 ゆったりと笑みを浮かべると、舌打ちと共にぐっと腰を突き上げられた。不意をつかれて思わず高い声をあげてしまう。あまりに女々しい声に思わず両手で口を覆うと、孫市はにやにやと笑いながらその手を剥がしてしまった。あれ程嫌がっていたが、気分が乗って来たのだろうか。意地の悪い郭嘉好みのやり方に、制止を求める声が甘く上擦る。
「あん、孫市どのぉ」
「お前こそそんなんじゃ、女とヤるときどうすんだよ!」
 ぱんと恥ずかしい音を立てて腰を打ち付けられ、郭嘉は逃げ腰になった。それを咎めるように両手を強く引かれると、抵抗できずに孫市の胸に倒れ込んでしまう。体勢が変わったせいで弱点を容赦なく擦り上げられた。息が乱れる。ごりごりとそこを抉られてまともに呼吸すらできない。突き出した舌から垂れ落ちる唾液が、孫市の胸元を汚していた。
「あ、あぁ、だめぇ……っあん!」
「はは、すげえ顔だぜ……色男が台無しだ」
 舌なめずりをする姿に喉が震える。きつく締まった孔を穿たれて、意識が蕩けだした。
「あ……っう、うそ、あ、あぁ」
 陰茎を絞るように内壁で締め付ければ孫市が片目を窄め舌を打つ。腹の奥がじくじくと疼く、愛しい感覚だ。かくんと崩れるように頭を垂れて顔を隠し、何とか呼吸を整えて、郭嘉は唇を吊り上げて笑う。やはり真夜中の悪い遊びとは、こうでなくては。

「もうほんとさあ……どこへ行くんだよ俺は……」
 呻くように吐き出された言葉に、郭嘉はくすくすと笑みを零した。組んだ両手を額に添えて肘をつき、重苦しく俯いている姿がおかしくて堪らない。今更後悔したところでどうにもならないのだ、もう一線を越えてこちら側に来てしまったのだから。
「孫市殿も楽しかったのでしょ、すごく盛り上がっていたね。私も、とても気持ちがよかったよ」
 慰めてやっているというのに、孫市はちらとこちらを見て深々と溜息を吐くだけである。こんな男前を捕まえて随分と失礼なことだ、郭嘉はわざと不機嫌な顔をしてみせた。
「郭嘉、お前はあんなことしてて何とも思わねえのかよ」
「例えば、何を思うのかな? お互い楽しかったのだから、良いと思うのだけれど」
 小首を傾げてそう言えば、やけにあっさりしてやがると孫市は再び深い溜息を零した。どうやら、最初は嫌がってみせたものの、最終的には自分から楽しんで責めてしまった事実がどうにも受け入れ難いらしい。経験豊富な自分がそれなりには翻弄される程だったのだ、かなり積極的で意地の悪い責めであった。あれは無理やりだったとか乗り気ではなかったとか、そういう言い訳の出来るやり方ではないだろう。郭嘉は昨夜の孫市を思い出して上機嫌に微笑んだ。張り合いのある性行為以上に愉快な遊びはない。
 何を言ったところで郭嘉の胸が痛むことはないと理解したらしい、孫市はけっと舌を打った。不機嫌に頬杖をついて指で頬を叩いて、ふと何か思いついたのか、悪い顔つきになる。
「昨日はあんなにあんあん言ってたのによ、このド淫乱!」
「そう? ああいうの、孫市殿も気にいってくれたみたいだね、嬉しいな」
 そういうことを責めてくるとは、孫市は本来中々に加虐的な男らしい。女性相手には優男を気取っていたようだから、同性相手には遠慮がなくてこうなるのだろう。やはり自分との相性は悪くない、思って郭嘉はにっこりと笑んだ。もちろん行為の後にこうして詰られることは承知の上での演技である、ああいう配慮も、遊びを一層楽しくするためには必要なものだ。
「流石は戦国の色男代表とか何とか、名乗るだけはあるね。私も本当に気持ちが良かったのだけれど、もうひとつ……かな」
 言えば、孫市は何てこと言いやがると瞠目した。行為に抵抗があったとはいえ、やはり彼としてもそういうことに自信はあったのだろう。色魔とか色狂いと言われる自分からすれば気に入らないから絶対に言わないが、まあ確かに、悪くはなかった。半分くらいは本気で感じてしまった程だ。郭嘉はひっそりと唇を噛んだ。やはり色男を自称するだけある。
 わざとらしい程に感じる演技をして相手が息を荒げるさまを見るのが楽しいものだが、思いがけず突き落とされて余裕がなくなる瀬戸際の、ぎりぎりの勝負を楽しむのも悪くない。郭嘉は自信を喪失し傷付いている様子の孫市に、華やかに微笑みかけた。
「そんなに落ち込まないで、孫市殿。よければまた、私が遊んであげる。練習させてあげる」
 良い相手を見つけた、孫市は最高の遊び相手だ、今のところは。やすやすと離してしまう手はない。吐息に混ぜてふうと耳元に囁きかけてやると、孫市はがっくりと項垂れて、むちゃくちゃに髪を掻き毟るのだった。

2012.09.12