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!!iiomiashii!!

 今日は本当に良い日だ。今朝の軍議では司馬昭に提言したことがそのまま通ったし、うっとうしい文官どもに下らない因縁をつけられることもなかった。ずっと探していた資料が見つかったし、任されていた書簡の整理も完璧。模擬戦でも華麗に勝利を収めることができた、その相手である大嫌いな男も今こうして目の前に跪いている。思い返しても非の打ちどころがない。このくらいは鍾会のように優れた人間からすれば当然なのだが、こんなに気分の良いのはやはりその相手をこうして見下しているからなのだろう。優雅に椅子に腰かけて足を組み、改めて彼を見る。両腕を腹の前にだらりと垂らした状態で拘束され床に膝をついた男は、そんな無様な姿を晒しているというのに文句を言うでもなく顔を歪めるでもなく、ただじっとこちらを見上げていた。その視線に言い知れない居心地の悪さを覚える。鍾会はもぞもぞと組んだ足を組み替え、せわしなく髪を弄った。元々表情に乏しく何を考えているか分からないようなおかしな男だし、きっと内心では大いに焦って唸りながら、逃げ出す算段を何とかつけようとしているのだろう。だが無駄だ、まさか自分が彼に逃げられてしまうはずもない。
 鍾会は組んでいた脚をすうと伸ばし、男の目の前へ突き付けた。意味が分からないといった様子で裸の足を見つめるのに苛立ち、これ見よがしに溜息を吐き出す。これだから学のない旧式は駄目だ。命令や任務がなければこれは動けないのだ、自分自身で考え、実行しようという気持ちがない。放っておいてもトウ艾は動かないだろう。促すように足をさらに突き付けて、吐き捨てる。
「舐めてください」
 微かにだが驚愕の形を作った眸に、思わず口端が吊り上がる。まさかとか無理だとか今にも言い出しそうな馬鹿らしい表情を見るのはとても気分が良い。
「できるでしょう、その口はなんのためについているんです」
「……今日は、こういうのがお好みか」
 呆れたような声音で呟かれるのに、鍾会はふんと鼻を鳴らした。
 何をどう間違ったのかもう覚えていないが、この男と同衾をするようになって久しい。そういう気分になった日にはどちらかが部屋をふらりと訪れて軽く話をしたり、抱き合ったり接吻をしたり、それ以上のことをしたり、奇妙な関係が続いていた。性欲の処理には丁度いいからと割り切っているような気がするのだが、鍾会はこの問題をあまり深く考えたことがない。考えたところで自分の望むような答が出ないような、何かもやのかかったような気分の悪さがあった。最近は自分からこの男の部屋に出向くことが増えたし、今もそうである、模擬戦で自分が勝利したのを良いことに勝手に押しかけちょっと屈んでくれますと声をかけ、いつも額に巻いている布を奪って手首を縛ってやった。今日は何をするのかとのんびり構えていたトウ艾も一応は驚いてくれたことだろう、先の言葉を発するまでほとんど表情は動いていなかったが。
 疲れたような溜息を吐くばかりの男の唇を、足の指でこじ開けてやる。男が小さく呻いた。
「ほら、私の足に触れていいんだ、光栄に思ってくださいよ」
 舌が伸ばされる。ちろと親指の爪を撫でてこちらを見上げるので、大きくひとつ頷いてみせた。やれやれと言わんばかりに軽く首を振ったトウ艾だが、大人しく指を口腔に収めた。根元まで咥え、音を立ててしゃぶる。小さな水音が鼓膜を打つと背筋がじわと震えるのを感じた。わざと頭を上下させるふりをして意地悪だ、性器にするようなやり方に思わず唇を噛む。無理矢理奉仕させているというのに、責められているようで気分が悪かった。馬鹿なことをしないようにと腕を縛ってやったのだが、このまま放っておいては何をされるか分からないだろう、純粋な力比べになったら到底勝てない。顎をつんと上げて男を見下し、鍾会は言い捨てた。
「へたくそですね、トウ艾殿。さすが、旧式は覚えが悪い」
 表情は変わらないままだが、トウ艾はすと口を離した。足の指と男の唇の間にだらと滴る唾液に、思い切り眉をひそめてしまう。それを目にしたのかトウ艾は肩を竦めて唇を拭うと、呆れたように溜息を吐き出した。
「鍾会殿も、人に言える程、こういうことは上手くはないと思うのですが」
 痛いところを突かれて思わず声を荒げそうになる。いつまで経っても上手くならないなと笑われたのは記憶に新しい。閨でのこういう恥ずかしい行為などしなければいいだけだ、下手でも構わなかったのだが、出来ないことがあるのかとこの男に笑われるのは腹が立つ。それから躍起になって口淫させるよう命令し練習しているのだが、この男が満足することは一向になかった。
 黙れと叫びたいところを抑え、何とか平静を保つ。今日はこの男を奴隷のように扱ってやるのが目的なのだ。刃向うようなら冷静に罰を与えてやらなければならないし、また失敗をしないように躾けてやるのが主である自分の責任だ。鍾会はトウ艾の口に足を突っ込み、指で舌を挟みこんだ。
「もっと舌を使うんですよ、ほら。これを」
 摘んだ舌を無理やり引っ張り出してやると、千切られるのを恐れてかトウ艾の大きな身体が傾ぐ。そのままの体勢で舌を這わせられればまるではしたなくがっつかれているようで気分が良かった。指の間で分厚い舌が滑る。付け根をくすぐられて思わず足指に力が入ってしまった。咎めるように指先を噛まれる。爪に当たる硬い歯の感触。せっかく整えているのを噛み切られそうで、慌てて指をはっきりと開いた。一本一本の形を確かめるように舌が這う。焦らすようなゆったりとした動きに、鍾会はひくんと足指を震えさせた。
 この男はやはり、こういう屈辱的な行為を何とも思っていない。何も考えていないような顔でその実心の底から楽しんでいるに違いない。長い髪が男の面を隠している、そこでトウ艾が笑っているような気がして、背筋に震えが走った。
 鍾会はわざと大きく溜息を零した。下手に静かに呼吸をしようとすると、嫌な声が漏れてしまいそうで怖かったのだ。もういいですよ、言った声にトウ艾が胡乱気な視線を投げて寄越す。
「トウ艾殿、陽根を出しなさい」
 黒い眸にようやく確かな動揺が走った、いい気分だ。ふんと鼻を鳴らし、鍾会は繰り返す。
「命令ですよ、はやくあなたの汚い性器を見せろと言ってるんです」
 今度はそれかと呟くのを聞き逃さない。軽く肩を蹴って急かしてやると、トウ艾はしぶしぶといった様子だったが頷いた。縛られた手首のせいでもたつきながらも下穿きを下ろし、陰茎を取り出す。萎えていても太く逞しいそれに、鍾会は思わずごくりと唾を呑み込んだ。この男の性器を目にしたのは初めてなどではないが、あれが自分の尻に入っているのだと思うとやはり恐怖を覚えてしまう。そもそも普段はもっと暗い中でそういうことを行うのだ、燭台の火がある中では、男の陰茎は黒々と不気味に光っていた。
「……鍾会殿。涎が」
「はあ? よっ、よだれなんて垂らすはずないでしょう!」
 慌てて口元を拭っても濡れた感触などない。トウ艾が耐えられないとばかりに肩を震わせた、笑っている。やはり楽しんでいる。縛られ苛まれる立場でありながら、こちらを責めてからかっているのだ。鍾会は顔にかっと血が集まるのを感じた。
「くそっ……こんな汚いものはこうだ!」
 憤って股座を踏みつけると、トウ艾はぎりと歯を食いしばった。ここを弄られればいくら彼でも平静を保てるはずがない。唾液に濡れた指で棹をくすぐり、先端を足の裏で擦り上げる。柔らかかったそれに血が集まり、硬く勃起してきたのが伝わった。その熱さすら如実に感じられてしまう。親指の爪で裏筋を掻き上げ、足先を丸めて亀頭を包むとべとつく感触があった。ゆっくりと脚を上げればつうと体液が糸を引く。くゆる炎に照らされ光るそれに思わず喉が鳴るが、今度はこちらが笑いを抑えることができなかった。
「勃ってきましたよ。きもちよさそうですねえ、トウ艾殿?」
 流石に屈辱に思ったのか、トウ艾が俯く。頬にはさらと流れる黒髪でも隠しきれない赤みがある。このように屈折した行為だ、その姿は鍾会にとっても刺激的だった。何度も股間を踏みつけながら、高らかに声を上げて笑う。
「こんなふうに! 足で踏まれて! 勃起するなんて!」
 性器は萎える気配はなく次第に硬さを増していく。まさかこの男、被虐癖でもあるのだろうか。人のことをからかい笑っておいてとんだ恐ろしい性癖を隠し持っていたものである、これまでまったく気が付かなかった。これは良い脅しになるだろう。抱かれる立場の鍾会にとって、この男の明らかな弱点を見つけてしまったことは、これ以上ない喜びだった。
「さすが、平民出は下品ですね。理解しがたいよ……」
 眼前に突き付けた爪先に絡むのは、男の唾液だけではなかった。足指を開けば間にやはり体液が糸を引く。それをこの男の黒い眸も認めたのだろう、視線を逸らしてしまうが、腰が揺れていることまではごまかせない。鍾会は薄く笑い、みじめな男を見下げた。
「ほら、ここ、両足で扱いてあげましょうか。いやらしい、犬みたいに腰を振って!」
 両足で性器を挟み込むようにすると、びくりと大きな身体が跳ねた。そのまま足を上下させれば、ついに男の呻きが鼓膜を震わせる。苦しげなそれが耳朶を打つ。言い知れない高揚感だった。手でするのと同じように足の裏で陰茎を扱けば、トウ艾の大きな体がわなないた。笑みが深くなる。元から内に秘めていた嗜虐心の赴くまま一心不乱に足で言葉で男を責める鍾会は、はしたなく股を広げてしまっていることにもう気が付かなかった。
「ねえ、出したいのでしょう、どろっどろの精液」
 荒い吐息の中で問いかけた言葉に、トウ艾はがくんと頭を垂れるように頷く。ふうふうと必死で息をしながら壊れたように何度も首肯し、懇願する。その姿に、鍾会は何か熱いかたまりのようなものが突き抜けてしまったような感覚を覚えた。腹の底に生じたおぞましい震えが全身に伝播する。身体中が強張る。爪先がきゅうと丸まって、男根を鷲掴みにするような格好になった。
「ぐ、うぅっ」
「あっ、あ、は……ふ、ふふ、こんなところで出したってだれにも種付けできないのに……ぜんぶ死ぬだけなのに……」
 頤を上げて見下す男は、いつもは見上げるばかりだというのにやけに小さなものに見えた。同性である自分と性行為に及ぶ時点で無意味だったが、誰の腹の中にも吐き出せないとは男として情けないにも程がある。
 呼吸が喘いだ。知らず舌なめずりをして、鍾会は止めとばかりに強く陰茎を踏みつける。嗜虐的な笑みを作っていた口端からつうと唾液が伝った。
「ほら、いけ。いけっ!」
 男が大きな身体を丸め、がくがくと震えた。いつもは腹に注がれる精液がただ足先に絡み付く。白濁した体液は足指の間を這いずるように、重力に引かれて落ちていく。ぱたと、床を濡らした音がする。
「っ、は、はは。きったない」
 鍾会は冷たく吐き捨てた。いつもは意識を蕩かせる精液のあの熱も、足にかかっただけでは急速に冷めてしまう。きちんと整えた爪を汚すそれに反吐が出そうな気持ちがした。射精を終えた男はこちらを見上げ、ただひたすら獣のような息を吐き出すばかりである。その鼻先に、鍾会はすらりと脚を突きつけた。
「ほらほら、ぼーっとしてないで」
 青臭いにおいに男が顔をしかめる。頬に足指を擦り付けて、鍾会は震える声で言った。
「ちゃんときれいにしてくださいよ、私の足」

2012.10.07